2020年02月15日

5巻特典 夢の世界へ

■ グラ・バルカス帝国 帝都ラグナ 外務省 食堂

「シエリアさん、お疲れのようね」

 定期報告のために帰国し、本省へ登省していたシエリアに、初老の女性が話しかけた。
 女性最速で事務次官級まで昇進したとされる、彼女の尊敬する上司だった。

「あ、お久しぶりです。最近寝不足で……夢も見ないくらい疲れているようです」

「大変そうだものね。じゃあ……これを試してみない?」

 彼女は手にした薬入れの中から、小さな赤い木の実のようなものを取り出した。

「これは?」

「南西にある元離島国家――今は帝国領だけど、そこが原産の植物の実よ。『天使の実』と呼ばれているわ。寝る前に1粒飲むと、何かしらすごく楽しい夢を見て、朝はすっきりと起きられるんですって。ただ、その楽しい夢を、必ずと言っていいほど忘れるのが残念だけど」

「……大丈夫なんでしょうか?」

 シエリアは疑わしさを隠しきれず、やや半眼になる。

「ふふ、大丈夫よ。その国では結構有名な実らしいの、高いけどね。原住民によれば何かしら共通点のある、どこかの誰か≠ニ夢を共有できるという話よ。だからその影響で朝は記憶が飛んじゃって、夢を覚えていられないとか。でも、すごくすっきりするから」

「そう……なんですね」

 怪しいと思いながらも、絶対の信頼を置いている相手からの贈り物は無下にできない。
 その夜、彼女は言われた通り『天使の実』を飲み、夢の世界へ誘われた。

■ ????

「ここは……夢、か?」

 意識がぼんやりとしている。
 辺りを見回すと、光の空間に自分が浮かんでいた。服はいつもの仕事着だ。
 光の中に、1つの扉が見えた。
 シエリアはふらふらと漂うように扉へと近づき、ドアノブを回す。

「いらっしゃいませ」

 小洒落た内装のバーだった。こぢんまりとした店内はやや薄暗く、カウンターに先客が2人ほど座っていた。
「んっ? ――あーっ! あなた見たことある!! グラ・バルカス帝国のシエリアさんね!!」

 口の周りを白いもので汚した、20代後半くらいの女性が振り向き、シエリアの顔を見るなり声を上げた。
 手元に山盛りのパフェを置いているので、そのクリームだろう。

「……誰?」

 シエリアの呟きに、もう1人の客が振り向いて答える。

「その者はクワ・トイネ公国の騎士、イーネだそうだ」

 こちらも20代後半くらいの女性で、シエリアの祖母の時代に貴族の女性が着ていたような、壮麗なドレスを身に纏っていた。
 その顔には見覚えがある。

(パーパルディア皇国の皇族レミール? ……確か、日本国が身柄を確保していると聞いていたが……)

 レミールの手元には茶色い液体が入ったグラスがあり、彼女はその手でゆっくりと揺らしていた。

「これは夢だな……私たちには日本国にかかわっている点と、性別が女、そして年が近いという共通点がある。貴様、『天使の実』を食べたか?」

 レミールに看破され、シエリアは動悸を覚える。

「そうだ、私は『天使の実』を食べた」

「ふふ、そう警戒するな。何を話そうが、起きたらどうせ覚えてはいないのだ」

 妖艶な笑みを浮かべるレミール。だが不思議と嫌みを感じなかった。

「シエリア、感謝するぞ。久々にこうやって酒が飲めて、満足な食事を楽しめた。夢の中だというのに、味まではっきりしている」

「なるほど、私を中心に2人の意識が繋がったということか……やはり異世界は非常識だな」

 2人が座るカウンターへと近づいたシエリアは、その間に腰を落ち着ける。

「現実の私は檻の中で、長ったらしい裁判にうんざりしている。こんな息抜きができるなら助かるというものだ。――そうだ、感謝の代わりに教えてやろう。グラ・バルカス帝国は日本国と戦争状態にあったな?」

「ああ、そうだが」

「負けるぞ」

「なっ――我が帝国は負けはしない!! 原住民とは違うのだ!!」

「いきり立つな。日本に投獄され、色々わかったことがあってな……とりあえず酒でも飲め、うまいぞ。日本国でXOクラスと呼ばれるブランデーだ」

「これもおいしいですよ。今ならいくら食べても太らないという特典付きです」

 レミールからはブランデーを、イーネからはパフェを勧められ、食い合わせが悪そうだと思いながらも両方を口に運ぶ。

「む……なかなか美味しい……」

 シエリアが漏らした感想に、レミールは満足そうに頷く。

「私はな、他国を手っ取り早く占領する方法の1つとして、相手国の捕虜・住民を町1つ、村1つ単位で殺害せよと命令していた。そのほうが結果として早く降伏に結びつき、皇国も相手国も被害が減ると考えていたのだ。それが自分の正義だった……今思えば、他国民からは極悪非道に見えただろうな。――シエリア、貴様も確か日本人の死刑執行を指示していたな。私と同じだ」

「ち、違う……私は、好んで命令したわけではない!!」

 夢の中で酔うはずがないのに、口にしたブランデーでほろ酔い状態にあるシエリアは、口が軽くなる。

「ほう、上の命令か? しかしそんな裏事情は国際関係で通じぬ。上が貴様に命令させたのは、尻尾切りのためであろうな」

「なっ――」

「組織とはそんなものだ。20代後半にもなれば、周りも見えているはずだが……まぁよい。私も日本国なぞに決して負けぬと思っていた。しかしな、彼らは科学技術力がすさまじく発展している。軍事技術に関しても、常軌を逸した強さを持つ。古の魔法帝国級といっても過言ではなかろう」

「下から見れば、上は見えんものだ。原住民の技術水準では、我が国の強さも理解できまい」

「皇国は、神聖ミリシアル帝国の魔導戦艦程度なら理解できる。皇国に比べればすさまじく強力だが……貴国の戦艦はあれを少し上回る程度だろう。戦闘結果がそれを示している」

(この女……)

 シエリアは外交官でありながら、この世界の人々と触れ合う機会があまりなかった。
 理知的なレミールを前にして、自分の見識の狭さを初めて自覚する。

「しかしな……日本国の強さは、神聖ミリシアル帝国のそれを遥かに上回る。雲泥の差があるのだ。つまり、グラ・バルカス帝国軍がもしも日本国の軍――自衛隊と戦ったならば、手も足も出ずに全滅する」

「何をたわけたことを……カルトアルパスの戦闘結果が、日本国は弱いということを物語っているではないか」

「日本国政府から説明がなかったか? お前たちが被害を出しながらやっとの思いで倒したのは、沿岸警備隊のようなものだぞ」

「……え?」

 日本の外交官、朝田も同じことを言っていた。
 もしそれが本当なら、グラ・バルカス帝国は致命的な認識違いを起こしていることになる。

「海上保安庁でしょ? 本当ですよ。あれは海の警察機構で、『転移前は密輸や密入国を取り締まっていた船だ』って自衛隊の人が言ってました。あと、『日本とグラ・バルカスでは技術的に70年の開きがあるから、戦ったところで相手にもならない』って」

 イーネが横から口を出した。

「この女はな、日本で自衛隊の男をひっかけた玉の輿だ。信頼できるぞ」

「な……なんて言い方するの!!」

 顔を真っ赤にしたイーネを、シエリアは思わずガン見する。

「まぁ……貴国は破滅の道を進んでいるし、貴様もこのままでは私と同じ末路だ。日本国は死刑執行人を許しはしないだろう。今いる場所から去ったほうが賢明だ」

「そんな……」

 こんな夢の世界で、第三者から突きつけられる重要な情報。起きたらすべて忘れてしまうのが残念でならないと、シエリアは言葉を失う。

「できれば死んだことにして、このイーネみたいにどこぞの男でも引っかけろ。そうすれば女の幸せくらいは手に入る。……私にはもう叶わぬ夢だがな。想い人くらいはいるだろう?」

「えっ…………いや、私は……男なんて……いないが」

「まさか生娘でもあるまい?」

「へ? いや、あの、その……」

 目が泳ぐシエリア。
 レミールとイーネが目を丸くする。

「ええ、嘘ぉ!? その年で……? 本当に〜?」

「わ……私だって、その気になれば、男の1人や2人、すぐにできる!! しかし、仕事に生きたいんだ!!」

「虚勢を張るな。今の仕事が、貴様が人生で本当に成し遂げたいことか?」

「そ……それは……それは違う。私は組織の歯車にすぎない」

「国も組織も、簡単に人を切るぞ。自分の幸せを追い求めろ、きちんとその手に掴め。――おっと、もう時間のようだな。貴様らとは夢の中ではなく、現実でゆっくりと話してみたかった」

「もしかしたら、そんな機会があるかもしれませんよ」

 イーネに慰められ、レミールは寂しそうに笑った。
 夢の世界が、光の泡となって消えていく。

「貴様は……同じ過ちを犯すな」

 シエリアは、ベッドの上で目を覚ました。
 目には涙が浮かんでいる。

「ええと……何か夢を見ていたような……」

 まったく思い出せない。ただ、誰かに「幸せに生きろ」と言われたことだけが頭に残っていた。

(さてと……今日も頑張るか)

 日の光が部屋に差し込む。
 シエリアはわずかにだが、いつもより気持ちのいい朝を迎えた。
タグ:日本国召喚
posted by くみちゃん at 00:00| Comment(1187) | 小説