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ヒノマワリ王国 制統府 統治軍地下司令室
「制統府崩れ落ちました」
「第1から第18対空火砲、すべて沈黙。対抗手段を失いました」
「兵舎が爆撃を受け全壊。被害甚大!!」
「ぐうっ!!何故こんな時に……」
緊急時のための地下司令室で、制統府の当直主任オル・ブーツの心は凍り付く。
すでに幹部官舎も爆撃を受けて崩れ落ち、制統府の責任者とは連絡が取れない。
対空火砲はすべて沈黙し、一瞬とも言える短期間で主要施設のほとんどが破壊されてしまった。
応援を求めようにも、電波塔もすでに破壊されていた。
初撃で有効な兵力のほとんどを失ってしまった。
今現状動ける兵力は、最初の爆撃に気づいて難を逃れた歩兵230名と、要人暗殺のための部隊50名、計280名のみ。
「くそっ」
こんなことはグラ・バルカス帝国本国の精鋭部隊でも不可能だ。
敵は間違い無く強い。
現在の最高責任者は自分、自分がこの局面を乗り越えなければならなかった。
オル・ブーツは卑劣な人間だった。
適当に仕事をこなし、帝国兵の地位を巧みに利用し、様々な国で現地人から金を巻き上げ、現地の女を使って欲望を満たした。
金と飽きた女を使って上司に媚び、同僚を蹴落とし、部下を部品のように使い潰して出世した。
当直時間帯に主任を任される地位まで昇る。
本来彼はこの職務をこなすほどの能力は無い。
「現在被害は拡大しています。動ける物達は戦闘準備を行って待機指示しています」
部下が報告してくる。
「何故事前に察知出来なかった!?歩兵でどうやって戦闘機に立ち向かうつもりなんだっ!!!
銃で飛行機は落ちんぞ!!!
レーダー担当責任者は誰かぁぁぁっ!!!」
すでにレーダー塔は崩れ落ちている。
死者に文句を言っても仕方ないのだが、無能な彼は誰かの責任にせずにはいられなかった。
周りの物達は怒った勢いでごまかそうとするその姿に呆れかえる。
オル・ブーツは考える。
すでに対空兵器は沈黙し、制統府も崩れ落ちている。
歩兵230と、暗殺部隊50名、歩兵は小銃だけが持てる兵器。
空爆は防ぎようがない。
地下司令室、おそらくここは空爆に耐えうるだろう。
すでに軍は実質的に全滅状態で、敵は今までの奴らに比べて信じられん程強い。
おそらくはケイン神王国を遙かに超える敵だと、本能が訴えた。
迫り来る死の恐怖。必死に思考を巡らした。
(そうだっ!!)
彼はひらめく。
「空爆を受け、空に対する反撃能力は削がれた。
しかし我々はこのヒノマワリ王国の支配を手放す訳にはいかない!!
次の手として地上軍の侵攻が予想される。
ハルダール川にかかる橋14橋すべてに爆破装置を仕掛け、地上軍の侵攻に備えよ。
暗殺部隊にあっては敵特殊部隊の侵攻に備えよ」
「はっ!!!」
珍しくまともな指示を出すオル・ブーツに多少の驚きを覚えながら各員はすぐに指令を開始した。
しかし……。
「なんだって!??」
突然大声を出す通信員。地上から伝導管で伝えられる内容を必死に書き留める。
「どうしたっ!!!」
「東の空に『星の信号弾』を認めたそうです。弾は5発となっています」
『なっっ!!!』
場が凍り付いた。
「五発だと?星の信号弾が5発だとっ!!」
「はい、間違いありません」
猛烈な輝きと爆裂音を出す星の信号弾。
通信系統が遮断された場合の非常用として利用されていた。
国境付近から目視できる範囲で上がり、目視によって各基地から信号は中継される。
やがて指令室周辺からも見える場所で打ち上がる。
敵地上軍の大規模侵攻の合図……。
具体的な位置や、規模は無線が使用できないために解らない。
状況がよく解らないというのがさらなる不安をあおる。
「ばっ……バカなっ!!早すぎる!!!空爆と同時進行……いや、事前に出ていたというのか?
そんな作戦はありえない!!」
よほど戦力に差があり、空爆による敵の無力化に自信を持たないと出来ない作戦だった。
(もうダメだな)
万策が尽き、命の危険が現実のものとなったように思えた。
オル・ブーツはすぐに決断する。
「このままでは敵の大規模侵攻にはとても耐えられない。
無線塔が破壊されている現状であれば、直接援軍を求めに行く必要がある。
幸いにして緊急用の偽装滑走路と緊急連絡用の機体は破壊されていない。
大規模侵攻であれば援軍も相当数必要となるため、ある程度権限の持つ者が行く必要が………。
仕方ない。私が行こう」
『!!!!』
部下の顔が引きつる。
このオル・ブーツは現在の最高責任者にも関わらず、戦場から離脱しようとしていた。
「すぐに帝国の戦闘機が空を埋め尽くし、敵を排除するだろう」
『っ!!!』
緊急連絡用の機体「スタークラウド」は最高時速695kmを誇り、グラ・バルカス帝国内でも相当の速さを誇るため、おそらく逃げ切れると踏んだのだろう。
皆、反論したい気持ちを押さえながら、クズ「オル・ブーツ」の指示に従うのだった。
オル・ブーツは静かに退室した。