時は少し遡る。
外務省の職員達はこの日、徹夜で仕事をしていた。
神聖ミリシアル帝国と日本国連合軍に、グラ・バルカス帝国海軍が圧倒的敗北を喫した。 この事実は世界を駆け巡り、グラ・バルカス帝国の影響力が薄れてきている。
属国は多く、反旗を翻すと面倒な事になるため、グラ・バルカス帝国外務省はこのレイフォルを拠点として体勢の強化を図ることとした。
体制強化の一環として強硬派で、『冷静に蛮族を葬る男』として名高い幹部が派遣されることとなる。
外務省東部方面異界担当部長ゲスタ
シエリアに対し、非協力的な捕虜を処刑する事を命じ、海上保安庁のしきしま隊員の命を奪うように命じた者。
シエリアが捕虜処刑に対して抗議したにも関わらず、それを曲げずに執行を命じた張本人。
彼の冷徹さは日本人に対してのみではなく、この異世界において書面上に残らずに消された街は多い。
しかし、支配領域拡大の功績は多大であり、帝国内での評価は高かった。
彼は部下に対しても厳しく、体制強化のための準備で部下は朝方まで仕事を行うのだった。
「ふぅ、そろそろタバコを吸うか……おい、シエリア、ちょっと屋上に来い、話しがある」
「あ、はい。解りました」
少し目の下にクマを作りながら、シエリアは答える。
一昨日は4時間睡眠で、昨日は一睡もしていない。仕事量は多く、働く人数は多くない。
完全に人数が足りていなかった。
ゲスタにとって、シエリアは特別な存在だった。
外務省に向かぬほどに真っ直ぐな心を持ち、何もコネを使わずに現在の帝国の制度で、女でこの地位まで上れるのは、圧倒的に優秀な職員である証拠、しかも美しい。
その真っ直ぐさが気に入らなかった。
優秀さが鼻についた。
しかし美しさに惹かれた。
気に入っているのか嫌いなのかもよくわからないが、存在感のある女。
それがゲスタの正直な気持ちだった。
屋上で二人は話す。
「シエリア、ダラスの報告書は読んだか?」
「……同化政策の件でしょうか、あれは現地人には受け入れられないでしょう。
将来に渡って禍根を残す可能性がありますし、帝国内の意見も割れるでしょう」
ダラスが構想した同化政策。
おおまかに言えば……
グラ・バルカス帝国人の遺伝子を属国に振りまき、混血を大量生産する事により、異世界側もグラ・バルカス帝国に対する殲滅作戦を取りにくくさせ、現地においては混血を現地人よりも優遇して属国中枢に据え、グラ・バルカス帝国の忠実な犬とさせる。
また、帝国臣民の子を生んだ女も優遇する。
帝国臣民よりも下、しかし現地人よりは身分が上で、帝国の血があるからこそ上に立てるのだと、選民思想を植え付ける。
実質的な身分を作り出し、属国は安定化し、混血人口が増えれば現地国民の子供になるため、日本国による攻撃をどんどんと受けにくくなる。
帝国による支配のみであると、帝国が撤退すれば彼らの勝利、しかし混血は国そのものが自国になるため、実質的に帝国の属国なれど、帝国ではない。
現地人である混血を日本は叩き出すことが出来ない。
気が長く、時間のかかる政策だが、一定時間守り切れれば日本国からの攻撃は弱まり、安定化する。
日本国の性質を上手く考えた策であるが、女であるシエリアにはその具体的方法が本能的に受け入れられなかった。
方法を考えるだけでも反吐が出る。
「現地人の考えなどどうでも良い。
帝国に受け入れられないというのはどういう意味だ?」
「自分の夫や息子が現地人に対してした行為を家族が受け入れる訳がない。
どれだけ箝口令を敷いても必ず漏れます」
「なんだ、そんなことか……バカが」
「つっ!!」
「箝口令を敷いていて自分がしたという兵が出る訳がない。
自分の名誉が傷つくからだ。
他に行為をしている者がいるらしい程度の情報は漏れるがな。
そんなこと、都市伝説程度の噂にしかなりはしない。
ダラスの策は日本を警戒しすぎている感はあるが、この世界の国家にも有効だ。制度をしっかりと作ってやれば、帝国の経済力を削らずに現地の力を利用して国家が安定する策だ。
兵達の息抜きにもなる。
現地人の気持ちなど知ったことではない。
統治が安定化しさえすれば良いのだ」
ゲスタは続ける。
「お前は気持ちを考えすぎる。感情に流されすぎている。
あまり感情に流されると、これだから女はと言われるぞ?
そういえば、お前の日本国に対する報告書も、警戒しすぎだ。
そこまで文明レベルに差があるはずがないだろう?
確かに海軍は大敗したが、ありえない大敗だ。
おそらくは待ち伏せされて圧倒的数で弾薬が削られたのだろう。
もしかすると反政府勢力による現地反乱説が正しいのかもしれん。
現に……これは私がつかんだ情報だが、海戦時に命令違反があったそうだ」
「海軍の大敗は、海軍自身も認めています。日本の評価は感情に流されたものではありません」
「まあ、反乱が実際にあったら海軍は必ず隠すだろうがな……。
帝国は強い。前世界のケイン神王国よりも遙かに強い。
この世界で相手になるのは神聖ミリシアル帝国だけだ。
日本国など、技術で多少進んでいようが規模が小さい。すぐに追いついて圧倒的数で蹂躙出来るだろう。
技術は進んでいるようだが、日本の保有艦艇数や作戦機数では守るのが精一杯、攻めることなど出来るはずがない。
防御に回った帝国を突破できるはずがないのだ。
まあ、本気で防御に回った帝国を突破出来る国など存在しないのだがな」
空は微かに明るくなり始め、開発の進んだ都市レイフォルを照らし出す。
現地軍事工場からはもくもくと煙が上がり、要塞のような軍事基地ラルス・フィルマイナは圧倒的存在感を放つ。
世界のどんな敵がかかってきても負けるはずが無いと確信させるほどの力強さ。
ゲスタは基地を見ながらタバコの煙を吸い込んだ。
「俺は……支配領域をさらに拡大させ、この世界の統治が可能だと考えている。
そして、こんなチンケな地位ではなく、さらに上を目指す。
そのためには現地人や日本人の命をどれだけ失わせようが全く構わない」
ゲスタは権力欲にまみれる。
彼は男らしさの象徴として話しかけているが、シエリアは、現地人の命を自分の出世のために簡単に使うこの男が苦手だった。
ゲスタは続ける。
「シエリア、お前は優秀な女だ。
感情に流される部分さえ無くなれば、本当に優秀だと言えるだろう。
俺のために、俺の出世のために全力で働け、そうすれば俺が上に行ったとき、お前の地位をさらに引き上げてやる。
地位が上がれば手に入る金は国からもらうチンケな給料だけではないぞ?
現地から圧倒的な額を手に入れられる。
もっと冷徹になれ!!
帝国の力を過小評価するな!!圧倒的な力の象徴、ラルス・フィルマイナを目に焼き付けるのだ!!!」
シエリアは帝国臣民のために働いてきた。
出世欲にまみれたこの男に、心底嫌悪感を感じる。
彼女は上を見上げた。