◆◆◆
グラ・バルカス帝国 本土防衛艦隊所属 潜水特殊作戦群 潜水艦隊リーテ
旗艦E-400型潜水艦アリアロス
静粛と漆黒が支配する深き海中を、艦隊は突き進む。
すでにレイフォリア沖合まで侵入を許してしまった神聖ミリシアル帝国及び日本国の連合艦隊。
『艦隊同士の戦いは日本国を前にして効果が薄いが、潜水艦は一撃を与えうる可能性が高い。
現に、神聖ミリシアル帝国相手には一定の成果を上げている』
そのような発想から、潜水艦隊12隻は距離を開けつつレイフォリア沖合に向かう。
潜水艦が艦隊を成すというのは、グラ・バルカス帝国の運用方法と戦術の一つだった。
グラ・バルカス帝国における潜水艦の未帰還は後を絶たなかったが、乗員もろとも未帰還で全滅するため、日本国の強さを伝える者はおらず、正確に力を測れなかった。
久々の戦場、艦隊司令兼アリアロスの艦長、ネトリールは緊張の面持ちで前を見る。
「我が潜水艦隊が何処まで効果があるか……やるしかなかろうな」
「はっ!!我が最高練度の潜水艦隊をもって、敵艦隊を殲滅して見せます!!
艦隊行動を取られては我が潜水艦隊も追いつけない。
しかし、レイフォリア沖合に居続けるなど……我が艦隊に攻撃して下さいと言っているようなものだ」
幹部ラトバリタは自信をもって発言する。
前世界において、グラ・バルカス帝国の属領を一時的に奇襲し、ケイン神王国に奪われた事があった。
ケイン神王国艦隊は属領の沖合に展開していたため、近くにいたリーテ潜水艦隊は急行し、展開するケイン神王国艦隊を次々と撃沈したという過去がある。
栄光の再現、しかも帝国主力艦隊が手も足も出なかった日本国艦隊に対して一撃を加える事が出来ると思うと、ラトバリタは笑いが出そうだった。
日本国に潜水艦が存在している事はすでに知られている。敵が対潜水艦対策を行っているであろうとの想定はある。
さらに、日本国周辺への潜水艦が軒並み未帰還になっていることも知っている。
しかし、未帰還は珍しい事では無く、グラ・バルカス帝国本国周辺でも大型海洋生物と衝突して海に沈みそうになった……といった事故もあり、すべてが日本国によるものとは考えられなかった。
また、潜水艦が艦隊規模で日本国と衝突したことはなく、運営方法でなんとかなると考えていた。
潜水艦隊リーテ搭乗員の練度は非常に高く、潜水艦には想定される敵誘導魚雷回避のための最新兵器も登載されていたため、ラトバリタの楽観を加速させる。
「ラトバリタ、気を抜くな。我が潜水艦隊は最高練度を誇る最新鋭艦隊だが、日本国は我らの大規模艦隊を押し返した実績を持つのだぞ」
ネトリール艦長は警戒しすぎだ。
大艦隊の敗北にしても、いくら何でも帝国海軍がそこまで一方的に負けるはずが無い。
日本国は、戦術をもって油断につけ込み、神聖ミリシアル帝国と共闘して勝ったに違いない。
私は自信はあるが、油断は無い。
「ネトリール艦長、我らに油断はありません。きっと彼等に大きな打撃を与える事でしょう」
自信を持ち、潜水艦隊リーテの12隻は北東へ向かう。
「ん?」
聴音機を耳に当てていた隊員がある音に気付く。
「爆雷か……いや、探信音!え??いや、魚雷!!」
「お前は何を言ってるんだ?いったい何なんだ?」
妄言を吐く隊員にラトバリタはいらつく。
「!!探信音を放つ魚雷が移動中!!潜水艦ウルス直上!!!」
「な……なにぃ!!魚雷が探信音だと??……噂は本当だったのか??」
驚愕したが、すぐに冷静を取り戻す。
「誘導魚雷か……だが想定済みだ!!」
日本国が誘導魚雷を使用する可能性が高いと、想定していたが、本当に使ってくると、多少動揺する。
「魚雷を放った艦は何処だ??すぐ近くにいるはずだ。アクティブソナーを使ってかまわん!!敵を探せ!!」
「はっ!!」
潜水艦アリアロスは最新のソナーを使用して深信音を放つ。
光の届かない深海や、荒れた後の濁った海においては目視は役にたたないため、海中のレーダーとも言える音波を射出し、その反射波で相手の位置を探知する。
全周に向かって放たれたアリアロスの探信音だったが、敵を探知する事は出来なかった。
「敵は確認出来ません!!……しかしこの伝播は……前方にシャドーゾーンが出現している可能性があります!!」
全周に放たれた音波の探知距離外にいた護衛艦はグラ・バルカス帝国には探知出来なかった。
音波は均一に伝わる訳では無く、海水温の違いにより、音波が上手く伝搬しないシャドーゾーンと呼ばれる領域が出来る。
通常でも探知距離外であったが、護衛艦はシャドーゾーンにいたため、より探知は難しい。
「敵艦探知出来ません。
魚雷出現位置からして、空から投下されたものと思われます!!」
艦長ネトリールは目を丸くする。
「航空機から投下されたというのか?」
空から投下された誘導魚雷とは……これでは反撃手段は限られる。
浮上してE-400に登載した戦闘機で迎撃するという手段はあるが、浮上と発艦に時間がかかるため、敵が上空にいる状態では現実的ではない。
敵はこちらの存在に気付いている。
事前に探信音は確認されておらず、一体どうやって我が方を知ったのか……。
謎は深まるが、敵の攻撃はゆっくりと考察する暇を与えてはくれない。
「潜水艦ウルス、デコイ射出!!」
敵の誘導魚雷を惑わすために最新のノイズメーカーが射出される。
化学反応を利用した泡を放出しながら水中を漂い、探知行為を攪乱する。
ノイズは大きく、旗艦からもすでにウルスの正確な位置は探知出来なくなってしまっていた。
魚雷の探信音は聴音機を耳に当てていなくても船体に響き始める。
近づいてきた証拠だ。
ピーン……ピーン……ピーン……。
不気味な音は緊張感を加速させた。
ガゴッ……ガゴガゴガゴ……ボコボコボコ…。
大きな破裂音が鳴り響き、静粛が訪れた。
隊員は、すぐに聴音機を耳に当てる。
「こ……これはっ!!ウルスが沈んで行きます!!」
ウルスの放ったノイズメーカーはまだ作動していたが、破壊されていくウルスの音は、はっきりと聞き取れる。
バラバラになって友軍潜水艦が海に沈む。
まだ残っていた区画が水圧によって時々圧壊していった。
死に直結する圧壊の音はおぞましい。
「そんな……最新式デコイが……デコイが通用しないというのかっ!!!」
空中から海面に魚雷を落とされる音が再度探知される。
「再度空から魚雷が現れましたっ!!潜水艦バールへ向かって進行中!!」
ピーン……ピーン……ピーン……。
「まずいっ!!まずいまずいまずいまずいぞおぉぉぉっ!!!」
「バール、機関を最大にして急速潜行中……デコイ連続射出しましたっ!!」
音と隊員の報告だけで戦場を見通さなければならない。
暗く、狭い空間で外の様子が見えないというのは、本当にストレスになる。
友軍が連続して撃沈されているのであればなおさらだった。
ガッ……ゴォォォォォ……バギバギバギ……。
「……敵魚雷に被弾、バール沈んでいきます!!」
艦長ネトリールとラトバリタは絶句する。
幹部達の沈黙に、絶望の空気が生まれた。
ネトリールはすぐに決断する。
「くそっ!!全艦反転180度、最大戦速で戦場を離脱する!!」
「えっ!!」
撃沈されたのは2隻であり、まだ10隻も残っている。
艦隊としての戦力を保持しているこの状況下での突然の撤退命令に、幹部ラトバリタは言葉を失った。
「何をしている!!さっさと撤退の信号波を出せ!!全員死にたいのか?」
「し……しかし、まだ我が艦隊は健ざ……」
「馬鹿者!!!」
本来なら潜水艦内で大声を出すことは御法度だが、艦長ネトリールは大声で叱責する。
「お前は戦力比が理解出来ないのか??艦隊があるなら、敵艦が探知出来ているなら対応のしようもある。
しかし、魚雷は空から投下された。
我らが位置が完全に敵に筒抜けとなっている証拠だ!!」
「最新式の欺瞞装置(デコイ)は通じず、急速潜行も意味を成さなかった。
しかも、我ら大型潜水艦を1撃で沈める程の威力を持つ魚雷。敵の位置も解らない状態から一方的に殴られる。
戦力比は明らかで、これ以上戦えば全滅は確実だ!!」
普段温厚なネトリールが吼えたため、ラトバリタは驚く。
「前方シャドーゾーンまでの距離は?」
「……は……はっ!!距離6km!!」
「航空機だけで我が位置が完全に把握されるとは思えない。我が方よりも探知距離の長い敵潜水艦もしくは駆逐艦が近くにいるはずだ。
全艦前方シャドーゾーンに向かって長距離魚雷を発射!!
持てるデコイを可能な限り射出し、反転180度。
最大戦速で戦場を離脱せよ!!」
「は……はっ!!!」
艦長ネトリールは誰にも聞こえぬよう静かにつぶやく。
「……賭けだな……」
グラ・バルカス帝国潜水艦隊リーテは戦場を離脱することを決意するのだった。